中学校の卒業式の曲が安全地帯のFriendでした。

私が中2の際、中3の方の卒業式の曲が長渕剛さんの乾杯でした。

ちょうど乾杯が売り出された時だったので、本当にいい曲だなと在校生の席から聞いていました。

それから1年後、在校生時には経験のない出来事が卒業生には降りかかってきます。

高校受験です。

田舎では地元に小学校と中学校があり、よほどの事情がない限り、当然のようにその小中学校に皆、通います。

しかし、高校となると地元の高校に行く人が半数、電車で学区内の進学校に行く人、学区外の高校に行く人とちりじりバラバラになります。

そして、田舎ですから成績うんぬんではなく、内申書が物を言う部分が主な高校もあるので、成績が多少良くても俗にいうワルは受験しても落とされてしまいます。

私はワルと軽くつるんでいたのですが、決して喧嘩ばかりしている、粋がっているのではなく、裏表のない実に人間味溢れた友人と思っていました。

私は進学校に進みましたが、付き合いのあったワル達は内申で落とされました。

合格発表の日に私の高校の発表が最も遅く、教室で待っていたのですが、地元の高校に落ちたワル達が、隣の教室で奇声を上げて机を蹴っ飛ばしていたことは今でも覚えています。

結局、ワル達は先生の助けで中卒で就職という道を歩みました。

数日後、私はサッカーなどをしてワル達と汗を流しました。

でも、特に声をかけなかったですね。

そして卒業式。

いよいよバラバラになる、今までの当たり前がなくなり、私は進学校で優秀な人たちと対峙するのかと。

気を紛らわせる為に考えたことは、たぶん曲は乾杯かと。

卒業式が終わり退場する瞬間、ピアノの音が流れました。

「あれ?なに、この曲?聴いたことない」と。

安全地帯のFriendという曲だったのは、数日後、友人から聞きました。

ワル達とつるんでいても、露骨な不良行為は私はしたことはなかったのです。

世間的には良い人と思われる勉強のできる人達は、裏表があり嫌味臭く、私は付き合わなくてもよい人達と考え、親に何を言われようが友人を変えることはしませんでした。

別れることはとうに分かっていましたが、卒業式の際もワルに会えば、肩をポン、泣きながら「絶対1番になれ」と言われ、熱い思いになりました。

それから、進学校に進み、私は理数系で頂点に立ちました。

地元の駅で帰りにワルと会う時がありましたが、頂点に立ってもお互い昔と変わらず話をしました。

かけがえのないFriendですから。